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おいしい料理とは・・・何かを求め
食材を追求しています。
良い素材を求め日本中,そして世界へ本物探しをしています。

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2010年10月

2010年10月25日 (月)

54年の軌跡が54年目の神戸食文化の奇跡へ!!

ステーキ初二つ星!!


朝日新聞10月20日朝刊に

ミシュランガイド総責任者ジャン リュック ナレ氏より


「生きていた中で一番おいしい牛肉だった。

もっと世界に知られていい店だ。」


7月に店を訪れ「肉の保存 熟成 調理方法が優れていると感じた。」

と記事が掲載されました。

「生きていた中で一番うれしいお言葉だった。

ナレさんありがとう!!」


二郎の生涯最高の涙はとまりませんでした!!


たくさんのお祝いのお花!!心よりお礼申し上げます!!


最後にあらがわ シェフ山田二郎より一言ご挨拶をさせていただきます。

54年もの長い間たくさんのお客さまに支えていただき、

今日まで歩んでくることができました。

本当にしあわせな職人人生でございました。

54年間 あらがわにお越しいただいたお客さま

そして長年私をささえてくださった

世界一の名牛 三田牛の生産者の皆様へこの星をささげます

本当にありがとうございました。心より感謝申し上げます。

平成22年10月25日

                       あらがわ
                       
                     
                       山田二郎

2010年10月19日 (火)

悲願達成!!ステーキハウス世界一へ!!


招待状を頂き、喜びの二郎と次男三也!!

ミシュランガイドついに神戸上陸!!

皆様の54年に渡るご支援のお陰で二郎、80歳にして夢の舞台へ!!

二郎男の約束!!ナレ氏との再会を果たしました!!

54年目の晴れ舞台!!

関西版最高齢シェフ!!


ステーキハウス世界初の二つ星獲得!!

皆様の応援のお陰で夢の舞台へ立つことができました、

心より感謝申し上げいたします。

2010年10月18日 (月)

夢への扉!!西の二郎54年の軌跡No9

震災の復興もままならない

1996年「O-157問題」

2001年「狂牛病」

と牛肉を生業とする

神戸のお店にとっては

不遇の時代が続きます


2004年二郎の料理に

久々の光が差し込みます

伊藤ハム㈱の「躍進」

編集長 鈴木 敏久氏より

「大変な時代で牛肉文化発祥の地

神戸でも牛肉の人気がなくなり

豚肉との需要が逆転しようとしています。

親父さんを神戸の食肉文化の代表として

取材させてください。」

当時、神戸でも取材嫌いで有名な二郎も

神戸の食肉文化の一大事、鈴木氏の熱意もあり

山本 益博氏の取材を2004年6月に受けます

料理界の大御所のお越しに

二郎もひさびさに肩に力が入りました

「食べ物に敬意を払う」

山本氏の二郎の言葉を大切にしてくださった文面

管 洋志氏の食事に来た時よりさらに、

「生き生きした料理!!」の写真

まるでその場にいるようなすばらしい文面に

感動したことが昨日のように

脳裏に焼きついています。


そして2005年6月

再び、老舗の味の継承をテーマにした

「未来を拓く料理人たちへ」

という取材を山本益博氏にしていただき

二郎の霜降りに頼らない健康な肉の考えを、大変評価していただき

日本での

「本物の肉の時代」

の幕開けを感じました。


そして2007年 二郎にとって最高の出会いが待っています

dancyu2008一月号


「2007年、もっとも印象に残った一皿」


に選ばれます。

小山薫堂さんが訪れた世界中の名店のなかで、

二郎のステーキが

最高の評価を受けます。

77歳にして、待ち焦がれた初恋の人に出会ったような衝撃!!

感動的な出会いでした

日本を代表する名ベテラン職人

「西の二郎」と命名していただきました。


そして先日10月8日

小山薫堂さんに

dancyu20周年記念号に取り上げていただきました

山田 二郎

「料理人人生に悔いはなし」

自分の持てる力は出し切りました

たくさんの方々のお力のお陰で

ついに明日、二郎80歳にして「料理人の夢の舞台へ」

「ミシュランガイド京都 大阪 神戸2011」


兵庫県公館の出版記念パーティで

明日 発表されます!!

2010年10月16日 (土)

夢への扉!!西の二郎54年の軌跡No8 

1995年1月17日 午前5時46分

M7.3の未曾有の大災害

阪神大震災が二郎の最愛の神戸を襲いました

そして多くの友人の命を奪いました

二郎は真っ先にお店に向かいました

「店は何とかたっとるが!!肉を焼く窯が・・・」

すぐにおいしいお肉が焼けるよう、

長年二郎が守ってきた窯の火が絶えてしまいました


このお店は 

自前の店を建てることを目標に

こつこつと貯めた資金で

創業三年目に、場所も決まってないのに

樹齢100年以上の日向松の原木を二本

買い付け二年乾燥させ製材し、

二年後に着工

二郎自身の設計で大工さん二人と

二郎が仕事の合間に現場監督しながら

一年かけて建てた


二郎の分身なのです


二郎の大事な肉を焼く炉釜はレンガが割れ

大きく傾いていました



「早く窯を直して、お客さんにお肉を焼かなければ・・・

本物のお肉の神戸の食文化がなくなってしまう・・・」


二郎は2週間で窯を直し、お客さまの来店に備えました

しかしながら水そしてガスの供給が始まったのが二月下旬

やっとの思いで三月一日 近辺の飲食店の中ではかなり早い

再開となりました


しかしながら近辺は倒壊したビルの解体などで

砂煙が立ち込めている状態が約一年続きました


「神戸が震災のときにいて良かった。神戸の復興のために

自分のできることは、この場所を離れず、本物の肉を焼き続けること

・・・」

神戸の食文化の復興を心に誓いました

2010年10月12日 (火)

夢への扉!!悲願達成へ最強の援軍到着!!

二郎の悲願達成の応援の為

小山薫堂さんが駆けつけてくださいました

自分の料理が世界基準でブレがないか

二郎がもっとも楽しみにしている瞬間です

2007年

一本の国際電話が

二郎と小山薫堂さんの信頼関係を

築きました


「親父さん 比較の対象になりませんでした

申し訳ございませんでした・・・」

アメリカNo1といわれるステーキ店

に行く前夜

「親父さんの焼くステーキの味を頭に

刻んで、アメリカへ取材にいきます。」


三日後

小山さんから一本の国際電話が・・・


それ以来、取材嫌いの二郎が


「薫堂さんの取材はいつでもするから」


と自分の料理をすばらしい表現で

文章にしていただく

喜びを感じました


名脚本家と名職人

物創りにかけた情熱の

赤い糸で結ばれていました

ミシュランガイド掲載の

ステーキハウスは

世界で

1つ星が6軒

目標は2つ星以上


「世界一おいしいステーキハウス」


の悲願達成を

小山薫堂さんと誓い合いました


取材の記事は「ダンチュウ20周年記念号」

に掲載されます

料理人の夢の舞台

「ミシュランガイド京都 大阪 神戸2011」

発表まであと7日

2010年10月 6日 (水)

ミシュランガイド京都 大阪 神戸2011 二郎の悲願の舞台へ!!

ミシュランガイド京都 大阪 神戸2011

の発売記念パーティが10月19日

なんと地元神戸の

兵庫県公館

で開催されることが決定致しました


ミシュランガイド出版記念パーティ当日の兵庫県公館


兵庫県公館は明治35年(1902年)

4代目の兵庫県本庁舎とし

明治時代を代表する建築家

山口半六氏によって設計されました


山口半六氏は国立パリ中央工芸学校

に留学した人物で、

兵庫県公館は

明治時代を代表する

フランス ルネサンス様式の

建造物となっています


神戸とフランスの文化が融合した

最高の舞台で出版記念パーティが開かれる

ことは地元神戸市民としても

最高のよろこびです


神戸のお客さまに育てていただき


二郎54年目にして夢の舞台へ・・・・


皆様の熱いご支援、誠にありがとうございます

心よりお礼申し上げます


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