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食材を追求しています。
良い素材を求め日本中,そして世界へ本物探しをしています。

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2011年10月19日 (水)

「親子二代!!夢の扉2012」最終回!!

【ミシュランガイド京都・大阪・神戸・奈良2012】

発表パーティsign03

夢の舞台へ立てるのか・・・期待と不安が・・・


今年も15人の【三ツ星シェフ】が選ばれ

新たに三人のシェフが料理会の頂点へ



日本ミシュランタイヤ代表ベルナール デルマス氏より発表されます

今まで日本で洋食分野での

二つ星から三ツ星への昇格の前例なし

その偉業に挑戦する【二代目】

しかし今年【二代目】が壇上にあがることはなかった・・・



フジヤ1935藤原哲也氏が二つ星から三ツ星昇格sign03

二つ星獲得から三年目で偉業を成し遂げたsign03



関西から15人の三ツ星シェフが誕生sign03


庭園でのパーティは最高のロケーションで華やかにsign03


モエエシャンドン2002にて乾杯sign03


親子二代【二つ星】獲得sign03の喜びをマダムと共に・・・


夢の【三ツ星】には至らなかったものの

今日の【二代目】は幸せを感じた

たくさんの応援してくださるお客さまの存在


父が残した【二つ星】を守る為

全力を尽くし

日本の名職人といわれた

二郎に並んだ

自らが最高の目標としてきた父に・・・

そして【二代目】の夢への挑戦はもう始まっている

親子二代の悲願sign03【料理人最高の舞台】に向かって・・・


皆様 応援ありがとうございました。

心よりお礼申し上げ致します。

お陰様で念願の

ステーキ部門世界一【二つ星】を父に続き

頂戴できました

今回 たくさんのお客さまが応援してくださり

最高の力をいただきました。

これからもお客さまに喜んでいただける

最高の味と質の料理をめざし、絶えず

努力してまいりたいと存じます。


                あらがわ
                料理長
                山田 三也

「職人である限り、理想の味を追求する」

それが【二代目の流儀】なのですsign01


2011年10月17日 (月)

「親子二代!!夢の扉2012」西の二郎54年の軌跡Vol 24

いよいよ明日

10月18日

1300年の歴史の古都【奈良】にて

【ミシュランガイド京都・大阪・神戸2012】

が奈良県新公会堂にて発表になりますsign03


奈良の料理人の方々が待ちかねた

夢の舞台が奈良に訪れますsign03


最高峰の【三ツ星】には理想の料理を妥協無く、自らに厳しく追求できた

努力の天才のみが選らばれる 料理会の【真の頂点】である


そして明日の日を心待ちにしていた男がここにも・・・

名職人の影となり、もくもくと地道な仕事で

父 二郎を30年間支え続けた。西の二郎の影の存在が

今 二代目として初の檜舞台へ・・・


記者のインタビューに答える二代目(昨年のもの)


二代目

「【三ツ星】は料理人最高の夢

一人で料理して頑張っているといっていただきますが

私は一人では無いんです

その夢に向かって

神戸のお客さまや三田の生産者さん

そして今も、父の魂と一緒に挑戦し続けているんですsign01


いよいよ明日【二代目】約束の場所へ・・・

「親子二代!!夢の扉2012」西の二郎54年の軌跡Vol 23

昨年の秋

2011年10年19日

【ミシュランガイド京都・大阪・神戸2011】発表sign03

二郎「ナレさん 何とか約束 守れました・・・・」


復興神戸に輝く星

ステーキ初二つ星sign03

独学の料理人が54年

世界最高のステーキをめざし

あきらめなかった結果


ミシュランガイド110年の歴史上

はじめて二つ星☆☆に

輝いたsign03


世界一のステーキを目指し、54年挑戦しつづけた夢が現実にsign03


「生きていた中で一番おいしい牛肉だった。

もっと世界に知られていい店だ。」

総責任者のジャンリュック ナレ氏が朝日新聞社のインタビュー

で絶賛したのが、神戸市中央区で1956年創業の

炭焼きステーキ【あら皮】。 

ナレ氏は7月に店を訪れ、

肉の保存、熟成、調理方法が優れていると感じたという。

2010.10.20【朝日新聞】より


二郎「生きている中で、一番うれしいお言葉だった

ナレさん ありがとう。」


この記事を読んだ二郎の

生涯最高の涙はとまりませんでした・・・



80歳関西版最高齢で【夢の舞台】へ立つ二郎

二郎より

「54年もの長い間、たくさんのお客さまに支えていただき、

今日まで歩んでくることができました。

本当に幸せな職人人生でございました。

54年間、あらがわにお越しいただいたお客さま

そして 長年私をささえてくださった

三田の生産者の皆様へ

この星をささげます。

本当にありがとうございました。

心より 感謝いたします。」


そして 神戸の生んだベテラン名職人は

そっと54年の道のりに幕を閉じます


「みなさん ありがとう・・・・」


              

2011年10月16日 (日)

「親子二代!!夢の扉2012」西の二郎54年の軌跡Vol 22

2010年7月26日


二郎の思いとは裏腹に

体力は急激に弱っていった・・・

入院先の病院にて

二郎余命6ヶ月と知らされる


世界一おいしいステーキ屋という創業当時の夢を54年間あきらめなかった


二郎 

「先生 残された人生 

わしの好きなように

したらええとおっしゃるが

今までやりたいことはやってきた

いまさらやりたいことは 何も無い・・・

しかし 一つだけ御願いがあるんです

今年の10月にミシュランガイドの発表パーティ

が神戸であります

総責任者のナレさんに

ご招待いただいたんです

私はこのパーティに

現役のシェフとして

自分の足で歩いて出席したいんです

それが 私の唯一の希望です

先生 何とかしてください!!」


先生

「目標があることはいいことです

その夢が山田さんに生きる力

を与えてくれると思います

その目標に向かって

我々も全力を尽くします。」

9月8日

二郎退院

「今の病状から考えて

立って歩いていることが

不思議

ミシュランという夢が

親父さんに

【奇跡】

を起こしているんです・・・


10月8日

二郎の自慢の東京の息子

小山薫堂さん

二郎の一大事を聞き

駆けつける

そして

最期の挑戦をする二郎に

最高のエールを!!



dancyu20周年記念号に

長年連載してきた

【一食入魂】

を休稿し

急遽 二郎を

dancyu誌 20年の歴史

を代表する料理人として

とりあげて下さいました


「なんという幸せ・・・」



ふたりの会話は尽きることが無かった・・・・


二郎「ほんまハートのあるお方や

わしはほんまに幸せ者

人に恵まれ、ここまでやって来ることができた

もう やり残したことは無い

あとはパーティへ行くだけや・・・」


二郎は薫堂さんから最高の力をもらい

54年の職人人生の集大成

名職人の花道をかざる

【約束】の場所へ・・・


【夢の舞台】へいざ 出陣sign03

2011年10月13日 (木)

「親子二代!!夢の扉2012」西の二郎54年の軌跡Vol 21

2011年6月

「お客さんに喜んでもらうために

今まで頑張ってきた

だが目が見えんようでは

もう焼けん・・・

10月までは入院せんとがんばろうと

思ったがもう無理や・・・

こんな病気すぐなおして

もどる

留守はおまえ(二代目)

にまかせた・・・」

4月27日に小山薫堂さんが取材にお越しになったとき

二郎はお肉を焼きませんでした

もっとも楽しみにしている仕事なのに・・・

どうやらそのころから右目がほとんど見えてなかったのです

最高のステーキを焼く自信が無く、

体調の変化を小山さんに悟られたくなかったのです

もっと早く気づいていれば・・・



2011年7月20日


入院を3日後にひかえた

二郎に奇跡が起こります


二郎「今日は体調がよかった。

ええお客さんが来る予感がしたから出てきた」

と突然療養中の二郎が出勤


【二郎の夢】がまた一つ叶います


最も自分の焼いたステーキを食べさせたい人物


ミシュランガイド総責任者

【ジャンリュック ナレ氏】

が突然来店

「ボンジュール」


二郎そして

二代目の目には

熱いものが・・・

今日このタイミングで・・・


私もナレさんのオーダーを

とるとき

足が震えました・・・


ナレ氏

「シェフのおすすめは?」


二郎

「ナレさんにはうちのサーロインを

食べてもらいたい」


二郎の十八番

【ぶ厚く切ったサーロイン ミディアムレア】


二郎のために

二代目が丁寧に

しかも手早く用意します

約一ヶ月ぶりの肉焼き

右目の見えない二郎に肉は焼けるのか・・・


二代目もスタッフも

固唾を呑んで

見守ります

二郎

丁寧にしかも的確に

気持ちをこめ

心の目で見

魂の炎で焼き上げました


「よっしゃできた!!」


ナレさんのもとへ二郎の焼いたお肉が運ばれます


そっとナイフをいれ


緊張の一瞬です

ステーキの中は見事なミディアム レアsign03

霞む視界のなかで最大限に集中し

最高のステーキを焼くイメージで

54年に渡る


【職人人生最後のステーキ】


を焼き上げました

長年 待ち続けた最高のお客様に・・・

ナレ氏「とてもおいしかった。

私はこちらのお店に来る為だけに

パリから参りました

10月19日ミシュランガイドの発表パーティが

神戸であります

神戸を代表しムッシュ山田をご招待します。

必ず ご出席ください。」


二郎

「ナレさん ありがとうございます

私は あなたにステーキを焼くことが夢でした

必ず パーティには出席します。」


二郎にとって職人人生最高の一日となりました

二郎「ちょっと留守するだけや・・・

必ず 元気になって帰ってくるからな・・・」

2011年10月11日 (火)

「親子二代!!夢の扉2012」西の二郎54年の軌跡Vol 20

2010年1月7日

一本の電話が二郎に

「ミシュランガイド編集部ですが

料理長の山田二郎さん御願い致します・・・


そして4月21日発表!!


【ミシュランガイド京都・大阪・神戸2012】いよいよ10月に!!



二郎

「この年にして、

やっと夢のスタートラインに立てた

本当に幸せなことだ

悪いことがあれば、また良いことがある

長年、何があっても妥協せず、あきらめんと

やってきた甲斐があった。

ほんまお客さんに感謝せなあかん。

そして、わしには三田の農家に義理があるんや

生産性の悪い(大きくならない)

雌牛をわしのために飼いつづけてくれた

銭金やない

本物をつくるプライドをもって

やってくれたんや

三田のわしの気に入った

農家はワインで言えば

ロマネコンティの

六つの特級畑のもの

ゆるぎない品質

と歴史があるんや

彼らのために

三田の肉が世界一やということを

わしが証明せなあかんsign03


4月27日二郎の応援団長到着sign03

【UOMO5月号】食務質問第一回より

神戸の名店「あら皮」の山田 二郎さんに職人の粋と意気を聞く


小山薫堂さん

「自分のステーキを食べさしてみたい人は」

二郎

「ミシュランの編集長ナレさん」

(世界中の食を知り尽くしたナレさんやったら

三田の肉の価値が絶対わかると思うんや)

この対談のなかで話した二郎の夢が・・・


「夢のステーキ世界一へ!!」【チーム西の二郎】は最後の挑戦へ・・・

二代目にも【夢の舞台】の招待状がsign03親子二代スターシェフへsign03

父と同じこの舞台に立てることを、応援してくださる皆様に

心より感謝いたします。

                 
                      あらがわ
                      二代目料理長
                     
                       山田 三也


親子二代の夢の舞台【ミシュランガイド京都・大阪・奈良2012】

発表まであと6日

2011年10月 9日 (日)

「親子二代!!夢の扉2012」西の二郎54年の軌跡Vol 19

2009年10月13日【ミシュランガイド京都・大阪2010】発表!!

「なぜ神戸に、ミシュランさんは来てくださらんのだ・・・」

長年 欧米の基準で最高のステーキをめざし

創業以来、スターシェフにあこがれてきた二郎は

これ以上ないくらい落ち込んでしまいました


「何年か後にきてくださっても、わしの命がもたん・・・」



元気で有名な二郎もお客さまが心配するぐらいおとなしく

なってしまいました。


常連のお客さまより

「二郎さん ミシュランが神戸にこなくて

落ち込んでるみたいやけど、

二郎さんが焼くステーキが

私たちにとって世界一のステーキ!!

【三ツ星や!!】

だってこれよりおいしいもんなんかないやろ」


と声をかけていただきました


二郎の胸には熱いものが・・・


二郎

「そうわしは長い間

お客さんに喜んでもらうため

仕事をしてきたんや

建築屋の会社員だった私をここまで

育ててくださったのも神戸のお客さん

わしは残された人生

このお客さんに喜んでもらう為に


全力で仕事をする!!」


二郎の魂に再び力がもどってきましたsign03


小山薫堂氏【人生食堂100軒】2009年11月発売


二郎が元気のないときも東京の息子は

全力でサポートしてくれましたsign03

2011年10月 7日 (金)

「親子二代!!夢の扉2012」西の二郎54年の軌跡Vol 18

2008年1月

西の二郎の快進撃は続きます!!

JAL機内誌【SKYWARD】


小山薫堂さん【旅する舌】より

高速バスに乗り、目指すは神戸。三宮の少し北にある

【あら皮】という

ステーキ屋がこの旅の最終目的地である。

もうすぐ80歳になる店主が1時間かけて焼くローストビーフは、

【国宝級】のうまさ。

三田牛を極限まで熟成させ、余計な脂を落としながら

じっくり焼き上げたそれを口に含めば、肉汁が歯茎を伝う。

あぁ、なんという贅沢な時間。紛れも無く、

【食の文化遺産】である。

そして2008年10月


「旬」がまるごと【牛肉】

「東の二郎は鮨を握り、西の二郎は肉を焼く!!」

二郎がもっとも楽しみにしている仕事

小山薫堂さんの取材は二郎にとって世界基準でぶれがないか

まさに真剣勝負でした


二郎「世界中で食の経験があればあるほど

わしの焼くステーキの価値がわかるはず」


小山さんが日本国内はもちろんフランスやイタリア

アメリカ・アルゼンチンまで牛肉にテーマに

旅を続けみつけた

最高のステーキの食べれる店が

神戸の【あらがわ】だったのです。

2007年9月


アメリカNo1といわれるステーキハウスに

行く前夜にわざわざ

【あらがわ】に立ち寄り

「親父さんの焼くステーキの味を頭に

刻んでアメリカへ取材へいきます。」


三日後

一本の国際電話が


「親父さん 比較の対象にしてすみませんでした・・・」


それ以来

「小山さんの取材はいつでもするから」

と取材嫌いの二郎が自分の料理をすばらしい表現で文章

にしていただく喜びを感じ、楽しみにしていたのです。


名脚本家と名職人は

物創りにかけた情熱の

赤い糸で結ばれていました


そして小山薫堂さん

2009年4月


映画【おくりびと】


で米アカデミー賞受賞!!


「東京の息子よsign01おめでとうsign03

2011年10月 6日 (木)

「親子二代!!夢の扉2012」西の二郎54年の軌跡Vol 17

2007年11月19日

ミシュランガイド東京2008発表!!

いよいよ日本にもミシュランガイドが上陸しました!!

二郎は

「長年 夢の目標だったが、

まさか日本にミシュランさんが来るとは

思はなかった

東京そしてニューヨーク

にも店をだしたが

いくら努力しても

料理人が手をくわえればくわえるほど

驚きはあっても本物のお客さまを

感動させることは難しかった

世界一の三田の肉があってこそ

理想の料理を追求できる

ミシュランさんが神戸に来てくれるかどうか

わからんが残された人生

最高の肉が手に入るここ(神戸)で

【三ツ星】を目標に

理想の料理で

お客さんに喜んでいただく

ことに徹する

お前(二代目)には負担をかけるが、いずれ役に立つ日がくる

そこ(三ツ星)をめざすことで

ぶれんと最高の料理ができる

そして関西版最高齢(受賞時80歳)のミシュランガイド挑戦

がはじまりました!!


イタリアアルバ産【今期最大200グラム白トリフ】入荷!!


「最高の旬の素材をピークの状態でお客様に!!」

それが二代目の流儀なのですsign03

 

「親子二代!!夢の扉2012」西の二郎54年の軌跡Vol 16

2007年 二郎にとって最高の出会いが待っています

dancyu2008年1月号

【2007年もっとも印象に残った一皿】

に選ばれます

小山薫堂さんが2007年訪れた世界中の名店の中で

二郎のステーキが

最高の評価を受けます

77歳にして、待ち焦がれた初恋の人にであったような衝撃!!

感動的な出会いでした

先日発行されたミシュランの日本版で東京・銀座の寿司屋、

【すきやばし次郎】が星を取りましたが、西の二郎もすごいですよ。

僕は ”東の二郎”と”西の二郎”の二人が日本を代表する

名ベテラン職人だと思います

【dancyu2008年一月号より】

このとき二郎の晩年愛した愛称、名職人【西の二郎】が誕生しました!!


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